特別寄稿:大和田良さんからの便り「写真集とGR」

2020.05.01 BLOG

こんにちは、管理人のまちゅこ。です!
STAY HOME特別企画、第二弾。
大和田良さんによる、「写真集とGR」をお届けします。

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写真集から読む、繋げるメディアとしての“写真”。

いくつかの写真集を携えて、自宅の屋上へ上がる。
ここ数日は雨や曇りの日が多かったのだが、この日は青空が広がっている。点在する小島のように浮かぶ白い雲が、初夏の陽気を思わせる。
都内は緊急事態宣言が出されて数週間ほどが経過した。外出自粛が呼びかけられる現在、カメラを持って自由に撮りたい場所に向かうことも難しい。撮影に行けない代わりに、最近は写真集を見返す時間が多くなっていた。
 
そんな折にGR officialから原稿の依頼を受け、天気が良いこの日を見計らって何冊かを手に取り、屋上へと来てこの原稿を書いている。

写真というのは、記録を主体としたメディアだが、そのイメージの中には可視化されない時代の空気や人の思い、記憶というものが表現として多く含まれる。

例えば、アウグスト・ザンダーの写真集を見てみよう。
ザンダーは「20世紀の人々」と題した当時の様々な職業、階級、人種の肖像を体系的にまとめる、壮大なプロジェクトを行った写真家として知られている。1920年代、今からちょうど100年ほど前にその活動を始めた写真家だ。
世界中でスペイン風邪が流行り、第一次世界大戦が終戦を迎えた後、写真芸術は以前までの絵画的な手法から、客観的で即物的なカメラ本来の機能を生かした方法論に急速にその方向を転換した。ザンダーの選んだ手法もドイツで起こった新即物主義の流れに沿った、ストレート写真による方法である。
第二次世界大戦が勃発するまでの間に進められたこの写真群は、当時の時代性を緻密に記録しただけでなく、人々が力強く生きるその姿と、日常を愛する人々の普遍的な思いが描かれたものであると、今眺めると改めて感じられる。また、肖像だけでなく風景や、人々の手、静物など様々な視点からザンダーの写真を収録したこの写真集は、一人の写真家の探求心と情熱とが垣間見えるものでもある。

August Sander『Seeing, Observing and Thinking』(Schimer / Mosel、2009年、初版)

以前、『RICOH GR IIIパーフェクトガイドブック(インプレス)』で写真集について書いたときには、写真史に沿って時代ごとに進めたが、今回はそのあたりをざっと飛ばして現代の写真に直接的な繋がりが深い70年代あたりまで進めてみようと思う。

まずはじめは、1971年のパリ・ビエンナーレで中平卓馬が行ったインスタレーション的プロジェクト「Circulation: Date, Place, Events」を収録した同名の写真集。
日々撮影し、その日に現像、プリントしたものをさらに展示に加えていく、その形態を日々更新させる作品である。その日見たもの、捉えたものを全て等価に壁に貼り付けていく無目的なその行為には、中平自身が言う「日付と場所を媒介にした流浪」としての写真家のステートメントが良く表れている。
「日々を生きるということは、つまり日々自らを新たなる自己として表現し、実現し続けてゆくということなのではあるまいか」という中平の言葉は、世の中の仕組みが根底から覆る現在において、殊更強く響くものでもある。日々のスナップを旨とする多くのGRユーザーには、最も共感する部分も多い一冊ではないだろうか。
豊富に編まれた写真の他、テキストが多く組まれており、刺激的な写真論としての読み応えもある。

中平卓馬『サーキュレーションー日付、場所、行為』(オシリス、2012年、初版)

同じく70年代を前後する時代に活躍した写真家で、今改めて見返したい写真家は数限りなく浮かぶのだが、今回はその中でリー・フリードランダーと石元泰博を挙げてみよう。

それぞれが捉えた社会的な風景を含めたスナップショットは、現代との密接な繋がりが特に感じられるアプローチだと言える。今やスーパーも、公園の風景も、日常的に目にする全ての風景が、ウイルス感染防止の影響による社会的な意味合いを含む光景となっている。何気ない風景に描かれた社会的意味と時代性に積極的にレンズを向けたフリードランダーや石元のアプローチは、今見ることでより切実にその意味が伝わるのではないかと思う。フリードランダーの場合には、そのイメージの中に「自分」が要素として含まれることも多く、より直接的にセルフ・ポートレートや自分の影を記録することもあり、乾いたトーンの中でどこか人間的でユーモアにあふれた世界観が印象的だ。
一方、石元の場合はより即物的で、捉える構図もシンプルで幾何学的な、グラフィック性の高いイメージが多く見られる。これは石元が教育を受けたバウハウスの影響が強く表れたものでもある。正確で緻密な線の構図を参考にするには、石元以上の写真家はなかなか見つからないだろう。

どちらの写真集も、広角レンズによる斬新なフレーミングをいくつも見つけることができる名著である。掲載されている代表的な写真のいくつかはウェブでの検索でも発見できるので、是非調べてみてほしい。

Friedlander』(The Museum of Modern Art、2009年、2nd ed)

石元泰博『シカゴ、シカゴ その2』(キヤノンクラブ、1983年)

世界の情勢や時代の変化は、写真芸術における表現としてだけでなく、ジャーナリズムにおいても多くの印象深いイメージによって記録されてきた。
パオロ・ペレグリンもその一人であり、写真集を眺めるたびに写真というメディアの持つ力を再確認させるジャーナリストである。感染症や紛争を取材する中で捉えたイメージから感じられる、揺るがぬリアリティとイメージの抽象性の関係を知ることは、写真が放つメッセージそのものを理解することと同義だと言えるだろう。

写真を読むという観点からも、ペレグリンほど豊かにストーリーを紡ぐジャーナリストは写真史全体においても非常に数少ない。

Paolo Pellegrin『AS I WAS DYING』(EDITION BRAUS、2007年)

日々を資料的に記録するという意味で、眺めるたびに様々な発見があるのが、ゲルハルト・リヒターの『Atlas』だ。
現代美術における最も重要なアーティストの一人としても名高いリヒターだが、写真と絵画を行き来するそのスタイルの源泉が感じられるのがこの本である。
素材や技法、コンセプトを自在に駆け巡りミックスしていくリヒターの実験性が、淡々と日々目の前の記録をスクラップしていくこの一冊に集約されているようにも感じられる。記録が紡ぐイメージの可能性が、860ページを超える厚さの中に図鑑のように綴じられている。その膨大な分量から、見るたびにその時の状況や感情によって目に残るイメージが変わり、光や色、かたち、質感など、様々な視点で世界を眺められることを実際的に体感できる一冊でもある。リヒターを巡る長い旅に出るような本である。

Gerhard Richter『Atras』(D.A.P、2006年)

先月まで新宿のB GALLERYで開催していた私の個展「R」もまた、日々の記録を中心にまとめた展示だった。
約20年間のスナップや実験的作品を編んだ同名の写真集を元に構成したものだが、考えてみるとコロナウイルスの影響で変化する以前の世界をまとめたものとして、その境界にはっきりと位置する写真集となったように思う。
スペイン風邪が収束した後、全く新たな芸術の潮流が生まれたように、今後の新たな世界の中でも、写真に限らず多くの芸術が新しい表現へと向かうことになるだろう。だからこそ今この時に、現代まで受け継がれた様々な写真集に目を向けることは、新たな世界を生き抜く力となり、助けとなる。日常に溢れる光や、身の回りの人々を愛おしく思う心だけは、いつの世の中でも普遍的に受け継がれ、描かれてきたモチーフである。
家の中と半径数十メートルの周囲だけがほとんどの人の日常風景である今、GRを手にして見つめるものは、日々のささやかな光の違いや、ふとした出来事である。しかしながら、その写真が間違いなく「いま・ここ」を伝えるものであり、2020年の日常の記録のリアリティである。

様々な写真集を目にすると、ひとつの事実を再確認する。中平卓馬の写真論でも重ねて論じられているように、それは、写真家は常にその光景の前に立っていたのだということだ。それは写真におけるほとんど唯一の真実である。一方で、それこそが写真のリアリティを支えるものでもある。このリアリティによって、写真というイメージは人々を刺激し、啓発し、共感させ、時に感動を作るのだと思う。

写真集は、自分では見たことの無い景色を見せてくれる。また、見ようとしたことの無い視点で、世界を眺めることを教えてくれるものでもあるだろう。自由に撮影に出掛けられない今、棚に挿された写真集に手を伸ばせば、広く、想像力豊かな世界へとひととき旅することが出来るだろう。

大和田良『R』(kesa publishing、2020年)

 

 
※各写真のキャプションに記載の写真集名はAmazonにリンクしています。

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大和田 良(Ryo Ohwada)
1978年 宮城県生まれ。東京工芸大学芸術学部写真学科卒業、同大学院メディアアート専攻修了。2005年、スイスエリゼ美術館による「ReGeneration. 50 Photographers of Tomorrow」に選出され、以降国内外で作品を多数発表。代表作に盆栽をテーマにした「FORM」、ワインの色を捉えた「Wine collection」など。2011年日本写真協会新人賞受賞。著書に『prism』(青幻舎)、『叢本草』(kesa publishing)、『FORM』(深水社)等。東京工芸大学芸術学部及び日本写真芸術専門学校講師。最新刊『R』がkesa publishingより発売中。
http://www.kesapublishing.com/



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