慌てて東京駅から新幹線に乗った。本当は1時間ほど早い新幹線に乗るはずだったが、急用ができて遅れた。長野駅に着いたのは夕方の4時近かった。長野県立美術館で行われている写真家・北島敬三さんの写真展を観るのが目的だった。閉館は5時。
閉館ギリギリまでいて外に出ると、あたりは完全に闇に包まれていた。空が異様に広く感じられた。方向がわからないまま、お寺の屋根らしきシルエットを頼りに歩いた。それが善光寺の方向だとわかった。空気は東京よりずっと冷たく、首元から容赦なく差し込んできた。心地よくもあった。
久しぶりの善光寺とその門前街。いつぶりだろうか。コロナ禍に一度だけ近くを通ったことがあるが、はっきりとは思い出せない。
子供の頃は本当に何度も来た。わたしにとって憧れの街であり、最大の都会(まだ東京なんて知らなかった)だった。インベーダーゲームを初めてしたのも、納豆入りカレーを食べたのも、東急デパートで恐竜展を見たのも全部この街だ。従兄弟が近くに住んでいて、彼らに会うのが目的で、当時の最大の喜びだった。
実家の諏訪から父が運転する車で3時間以上かかった。まだ高速道路はなくて、蓼科山近くの峠を越えなくてはならなかった。その峠を越えると、一気に都会の匂いがした。
夜の門前街を歩くのは初めてかもしれない。
意外なほど人が少ない。記憶のなかの街と目の前のそれが合致することもあれば、しないこともあった。眩しいいほど賑やかだった記憶のなかのアーケードは悲しいほどひっそりと、寂れていた。それとは対照的にモダンな店構えの店が突然現れたりした。
50年近く前の記憶を辿っていることに気がつく。
小林紀晴
1968年長野県生まれ。東京工芸大学短期大学部写真技術科卒業。新聞社カメラマンを経てフリーランス。アジアを多く旅して作品を制作する。近年は日本国内の祭祀、自らの故郷である諏訪地域などを撮影している。『孵化する夜の啼き声』『深い沈黙』『写真はわからない』など著書多数。最新刊は『写真のこたえ』(2025.12)。写真集『DAYS ASIA』で日本写真協会新人賞、写真展『遠くから来た舟』で林忠彦賞を受賞。初監督映画作品に『トオイと正人』がある。
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