【コラム】部屋にいても世界は撮れる、けれど/内田ユキオ

2021.11.26 BLOG

 
「最近は、お笑い芸人のライブが面白くない」という記事を見た。
今の芸人たちは劇団なみの演技力を持ち、数分で独自の世界観を作り上げ、昔では考えられないレベルだというコンセンサスのなか、その記事は目を引いた。
コロナの影響で、外に出て人を観察したり、予想もしてなかったことに出会ったり、ネタのヒントになる体験をしてないからだそうだ。
きっと写真も同じだろう。すくなくともスナップに限れば間違いない。

かくいうぼくも、人と会って話す機会が減った。興味があることを掘り下げていくにはいいけれど、広げていくのが難しくなる。
そんななか、GR meetのオンライン配信で大和田良くんと一緒になった。写真やカメラのことは本番で話せるだろうから、他に話すことないか考えて、前に彼と音楽の話をしたのを思い出した。

ちょっとしたやり取りのあと、「Death Cab For Cutieが好きなら」と彼が言った。「The Postal Serviceも好きですか?」
「むしろそっちのほうが好きなくらいかな」と僕は答えた。中心人物であるベン・ギバードがやっているエレクトロニカのユニットだ。
エレクトロニカは小さな音楽とされていて、大人数で聴くのに向いていない。でもその親密さが好きで、もう二十年も前のアルバムなのに今でもたまに聴く。平日の午後、雨ですることがないときなんて最高だ。

The Postal Serviceが、Phil Colinsの大ヒット曲「Against All Odds」をカバーしたバージョンがあり、映画のサウンドトラックにだけ入っていて、その曲のためにCDまで買ったらしい。
「そんなにいいなら聴いてみるよ」と約束した。「家に帰ってからの楽しみができた。ありがとう」
ぼくとしても嬉しいです、と大和田くんが笑った。
 

 
家に帰ってCDと、大和田くんも本編は見ていないという映画のDVDを注文した。「Wicker Park(邦題:ホワイト・ライズ)」に収録されているミュージシャンの名前を見るだけで胸が熱くなる。Stereophonics、Broken Social Scene、Mazzy Star、Mogwai、Snow Patrol、Mum、Mates of State…。
遅れてDVDが届き、どんな映画だろうと始まるのを楽しみにしていたら、いきなりジョシュ・ハートネットがライカM3を持って写真を撮っている。
これが予想もしなかった体験で、人と関わることで訪れる小さな奇跡。写真やカメラが関わっている映画に、こんなふうに出会うなんて。

事前に内容を調べなかったから、いつ頃の映画かわからない。ビデオカメラがやけに大きくてごつい。「昭和?」とさえ思うが、Mumの曲が流れてきて、そんなに昔のことじゃないと思い直す。リンゴが光る分厚いMacBookも出てくる。
あっ、スマホがない! これで2007年よりは前なのは決定的だ。この映画の何年かあと、ジョシュ・ハートネットはスティーブ・ジョブズを演じる。先がジョブズだったらiPhoneがあって、そうしたら最愛の人とすれ違わなかったかもしれない。

「どうしてカメラマンになろうと思ったの?」と聞かれる場面がある。
もともとは熱帯魚をきれいに撮りたくて始めたんだ、と答えてから言う。「大人になって大切なことに気づいた。ふつうのものも美しい」
スタイケンは「部屋にいても世界は撮れる」と言い、これは写真についてのもっとも美しい定理のひとつで、座右の銘にしているくらいだ。でもときどき外に出て、人と関わることで、世界の美しさに気づける。そのとき手にGRがあったなら、写真にして永遠に変え、みんなと共有することだってできる。

 
 
内田ユキオ(Yukio Uchida)
1966年 新潟県両津市(現在の佐渡市)生まれ。公務員を経てフリー写真家に。
ライカによるモノクロのスナップから始まり、音楽や文学、映画などからの影響を強く受け、人と街の写真を撮り続けている。執筆も手がけ、カメラ雑誌や新聞などにも寄稿。著書「ライカとモノクロの日々」「いつもカメラが」など。
現在は写真教室の講師、カメラメーカーのセミナーなどでも活動中。
https://www.yuki187.com/gr-diary

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