GRist

GRist 津田直さん

2014-02-07

こんにちは、野口(元:社員N)です。
2014年2人目のGRistは津田直さんです。独特の視点で人の自然との関わりを翻訳する写真家。個展や写真集で作品を発表しながら、トークイベントや講義なども積極的に行い、熱烈なファンもたくさん。GRとの関わりは長く、「GRは旅先の筆記具」と言って、過酷な状況でも肌身離さず使っているとのこと。最近ではスイス・ヴァレー地方のBisse(ビス)という灌漑用水路の写真で、ムック「GR DEEP WORLD」(2013年11月 日本カメラ社刊)に登場していただきました。そんな津田さんに、ミャンマーへ旅立つ直前の1月初旬、リコーイメージングスクエア銀座のギャラリーA.W.Pで取材させていただきました。

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■写真で翻訳する

野口(以下:野):いつも愛用していただいてありがとうございます。

津田(以下:津):いやぁ、もうGRはなくてはならない道具の一つです。トークイベントで見せるスライドショーは制作や旅の背景を伝えることに役立てていますが、GRで撮った写真がほとんどですね。

野:それはうれしいな。それではまず初めに、写真家になろうと思ったきっかけから教えてもらえますか?

津:とても個人的なことでいえば、小学4年で学校をドロップアウトして、10代は学校生活を送らずに過ごしていたんです。そんな、社会に属さない日々の中で、自分の中に残っていくものってまったくなくなっていくように感じていました。それで、音でも映像でも写真でも、その時間をしっかり封じ込めておきたい、という欲求が自然とふくらんでいったのだと思います。

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野:「写真家でいける」、と手ごたえを感じた時期は?

津:明確にはないんです。そもそも、写真の世界が比較的身近なものだったので。アイルランドに住んでいた祖父の友人が、ジャーナリストで写真家の岡村昭彦という人で、僕が初めて観に行った写真展も彼のもので、衝撃を受けましたね。

野:写真が身近なところにあったのですね。

津:はい、祖父は起業家だったけれどアトリエで絵画をよく描いていましたし、子供の頃から画集や写真集を見て育った環境は大きいかもしれません。だから道具としてのカメラは身近なもので、自転車のような感覚で触れていました。実際、身のまわりにもう使われなくなったカメラがたくさんあって、それを自分で直して使っているうちに、それが仕事になっていったというか。

野:自転車の例え、わかりやすいですね。最初に使ったカメラは何でしたか?

津:NiKON FTNや ASAHI PENTAX APなどです。とにかく家や友人宅にいろいろなカメラや映写機が転がっていたので、それらを直して使っていました。

野:ご自身で「写真家の前に、自然の翻訳家でありたい」と言われています。その辺、もう少しわかりやすく教えてください

津:それほど偉そうにいう気はないんですけど、そもそも世界は変化の連続ですよね。そんな中で、カメラは時間を静止させるのではなく、時を遅くする道具だと思っているんです。見るほうは常に動いているわけですから、完全な静止とは言いがたいかなと。しかし写真にすることで、その世界を実際よりもゆるやかに見ることができる。そこからは多くのことが読み取れますよね。

野:そして、そこからまた何かが始まると。

津:小説家が新しい言葉を使って現代を語らねばいけないように、写真家も、私たちがまだ理解できていないことを、カメラを通して翻訳して見せてゆくのが、本来の役割だろうと思ってます。撮って終わりでなく、撮って始まり、繋いで結ばれ、それを又見直して、というのはとても翻訳的なアプローチじゃないですか。

野:翻訳ということは、主体はあくまでも対象になりますよね。どの対象を選ぶか?ということと、それをどう翻訳するか?が津田さんの視点になります。津田さんは主体となる対象をどうやって選んで、それをどう翻訳しようと考えているのですか?翻訳にも、直訳、意訳などいろいろありますよね。

津:翻訳と言うと意味を伝える作業に見えがちですが、より対話に近いものとして僕は捉えているのかもしれません。例えば、僕が今までランドスケープを撮ってきた中でひとつの基準にしていることがあるとしたら、「もし国がなかったら」ということがあったりします。人の都合で区分けされた境界線をいったん消して、もっと小さい単位で見てみる。そうすると、本来の地形や気候が作った文化や民族が、すんなりと入ってくると思うのです。そういう風に誰かが決めた境界線を引き直すのも新しい見方=翻訳の役割だと僕は考えています。

野:そういう本来の姿を、ちゃんと整理して見せること、語るべきだということですね。

津:はい、これからは、「対立」ではなく、「対話」にしていかなければ世界は開けていかないと思います。

野:写真家というより、文化人類学者や民俗学者とお話している感じがします(笑)

津:その例でいえば、昔の文化史や民族史の文献は、10巻以上もの膨大な文字で記録されているものがありますけど、僕がそんな本を読んでいる時は文字を追いながらも見えない写真を見ている感覚に近いところがあります。今はそれがカメラで記録でき、写真集という形で表現できる時代になったということです。

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野:対象や場所はどのように決めているのですか?

津:ブータンでは、はじめに"チベット仏教の原点とはなんだろう" という問いから取り組み始めました。その中で見て、聞いて、知ってゆく一つ一つの物事からテーマや具体的な場所が見えてきます。なので、場所は常々探すものではなく、見つかるものですね。

野:なるほど。では、対象への取り組み方で工夫などは?

津:以前、奥琵琶湖をテーマに取り組んだ「漕」(2007年)では消えていく文化にフォーカスしていたので、80歳以上の方を中心にお会いして話を聞かせて頂き、そこからモチーフを探していきました。最近沖縄の方で取り組んでいるフィールドワークでは、神事に関わっているおばあさんに主にお話を伺ったりしています。

野:そんなフィールドワーク、プロジェクト、今どのくらい抱えているのでしょう?

津:主だったもので5つくらいですね。それと、"これはプロジェクトとしては潰れても、絶対続けたい"と思っているライフワーク的なものが3つくらいあります。

■表現方法の工夫

野:撮影機材について教えてください。

津:僕の場合、これまで展覧会が活動のベースだったので、プリント面での信頼性から、中判フィルムカメラを中心に使ってきました。またズームレンズの持つ能力が自分にフィットしないので、すべて単焦点レンズです。

野:展覧会ベースとのことですが、写真集も多く、スライドトークイベントも積極的にやっていますよね。

津:本の影響力は凄いなと毎度思います。まったく知らない人から突然「あなたの本を見ました」という連絡が時々来るのです。本の広がり方を再認識しています。もちろん、今はネットで簡単に拡散できる時代ですが、それだと埋もれてしまうことも多いし、消費されて残らないことも多い。でも、本はカタチがあるからでしょう、人と人を繋ぐ、出会わせる力を持っているなぁ、と実感しています。なので、本はこれからもしっかり作っていきたいです。

野:でも、やはり展覧会が活動のベースではあるのですね?

津:観る人が、自分の生きてきた時間の長さとともに向き合うためには展覧会というカタチは身体的な経験も伴うので望ましいです。だから、僕は展覧会を一番大事にしたいと思っています。見ることで出来事になるというのがいい。自分自身、他の展覧会を見て、その作家の中で起こっていることを一番感じることができるんです。体がザワザワしてくるような感覚です。

野:以前音楽をやっていたことからも、そういうライブ感は津田さんの中で重要なポイントなのかもしれませんね。ライブといえば、トークイベントもたくさんこなされています。ファンも多い。

津:トークイベントは、テキストにできないようなサイドストーリーや裏話などを交えながら、無編集の写真を投影していきます。画像処理もしないし順番もほとんど入れ替えない。そこで流す写真はGRで撮ったものが中心です。リアリティが伝わるように心がけています。そこが、展覧会や写真集と違った魅力ですね。

■Meet GR

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野:GRはフイルムの時代から愛用していただいてるのですよね?

津:そうですね、学生時代、カメラ屋でバイトしていた頃、フィルムカメラのGRを3台くらい使いました。GR DIGITALは2010年に芸術選奨新人賞をいただいた頃に手に入れたのでGR DIGITAL IIから使い続けています。

野:津田さんにとってGRはどんな存在ですか?

津:「信頼できる筆記用具」です。ほとんどの旅で、胸のポケットに入っています。そこが一番出しやすい特等席なので。メモするように撮っています。

野:ペンですか?そういうと他社機みたいですけど(笑) でも嬉しいですね。

津:自分が対象と向き合い始めた直後からGRのシャッターを切っているので、あとで見返したときに、リアリティがあって、自分がどう歩き、何を見ていたかが一番わかるものです。

野:まさに、旅の筆記具。そういう生の写真をトークイベントでも使っていただいているのですね。それは引き込まれるはずだなぁ。

津:なので、展示や本とは別に、そのリアリティが好きだと言ってくれるお客さんも多いです。これは本にならないんですか?とよく聞かれます。

野:なにかにまとめてみるのは?例えば電子出版的な見せ方とか。

津:そうですね、いつか機会があれば500ページとか、すごくぶ厚い本に束ねたら僕の視点の流れを見せられて面白いかもしれません。

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野:最新GRはどうでしょう?

津:今のところ不満なしです。単焦点は肌にあうし、高感度の画質もとても良いから暗いところでも充分使える。フィルムカメラでは考えられないことですね。あと、動画も結構使っています。

野:それは嬉しいけど、強いて言えば?要望でも。

津:これ以上は大きくして欲しくないかな。これ以上大きくなると、僕の中でカメラという意識が強くなり過ぎてしまうと思うので。あとは、電源のロックボタンがあるといいとか、レンズバリアがもっと強固だといいです。結構荒っぽく扱っているので。機能はもう充分です。

野:津田さんライクなセッティングは?小まめに変更したりしますか?

津:基本はカメラ任せです。たまに、光学ファインダーを付けて背面液晶をOFFにして、フィルムカメラ的に使うことがあるくらいですね。その他、21mm相当になるワイドコンバージョンレンズは結構使います。ミャンマーでもブータンでも、屋内や祭りなどでずいぶん活躍しました。周囲の空気感を捉えるのに、このアイテムは気に入っています。

野:なんかもう、新型GRも相当ボロボロになるほど使い込んでいただいているとか?(笑)

津:はい、旅の道具として使用しているので、塗装がはげてきていますね(笑)それから、GRはコミュニケーションが生まれる道具でもあるんです。特に海外の言葉が通じない所で。

野:盛り上がりそうですね。液晶で見せてあげるだけ?

津:いえ、明後日から行くミャンマーでも、前回撮ってプリントしたものを持って行って渡します。自分が行けない場合は、同ルートで入っていく人を見つけて、託す場合もあります。だから、GRで撮った写真はプリントして手渡すので、奥地の村にたくさん届いているはずですよ(笑)

野:想像すると楽しいですね。

■CP+2014

野:最後に、CP+(2014年2月13日~16日パシフィコ横浜)では、土曜日と日曜日に各1回、GRのスライド&トークをしていただきます。とても楽しみですが、少し予告していただけますか?

津:僕がこれまでトークイベントでやってきたようなスライドショーになると思いますが、どこの写真にするかはまだ決めていません。1月はミャンマーの奥地にいくので、もしかしたら最新のものをお見せできるかも。CP+で話をするのは、僕自身初めてなので、楽しみです。ぜひ、お越しください。

野:今まで"津田ワールド"に触れたことがない方々にも、是非来ていただきたいですね。


■お気に入りの一枚
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昨秋、ロングトレイルの旅をしたヒマラヤのブータン王国。標高4000Mを越える地に暮らす遊牧民達も11月を過ぎると山を降り始め、やがて山は静けさを取り戻し、冬を迎える。

~取材を終えて~
端正な顔立ち、もの静かで優しい語り口からは、危険な地帯に臆さず入り込んでいくような、猛者の匂いは全く感じられません。文化人類学や民俗学的な視点で、ランドスケープを記録していくことで、結局は人間の営みを捉え直している写真家。原風景や自然のカタチを整理して再び光をあてることで、対立を対話に変えていきたい、という思いが、今の津田さんの行動力の源泉なのだと思います。津田さんが訪れる場所は、僕たちが簡単に行けるような場所でないことも多いわけですが、それを見せてもらうことで難解な古文書が少しずつ紐解かれていく面白さが体験できます。僕たちも、同じ視点で毎日を見てみれば、身近なところにある原風景が見つかるかもしれません。


■プロフィール
津田 直(つだ なお)
1976年神戸生まれ。ファインダーを通して古代より綿々と続く、人と自然との関わりを翻訳し続けている写真家。2001年より国内外で多数の展覧会を中心に活動。主なシリーズに『漕』(2005-2009)、『SMOKE LINE』(2008)、『Storm Last Night』(2010)、『REBORN』(2010-)、『Earth Rain House』(2012)がある。また最近では、現代美術のフィールドを越えて他分野との共同制作や雑誌連載、講演会、特別授業を行うなど活動は多岐にわたる。2010年、芸術選奨新人賞(美術部門)受賞。主な作品集に『漕』(主水書房)、『SMOKE LINE』(赤々舎)、『Storm Last Night』(赤々舎)がある。現在、近江学研究所客員研究員、大阪芸術大学客員准教授、大阪経済大学客員教授。2/14〜3/6 恵比寿のPOST(limArt)にて個展「SAMELAND」を開催。
https://post-books.squarespace.com/news
http://www.tsudanao.com

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